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「すべての人が救命処置で命を救える国」にするため、1990年代から「市民による救命処置」普及の研究と実践を続けてきた京都大学教授の石見拓医師。救命の“常識”を変えた挑戦の軌跡を辿ります。

本当に多くの人を救うためには 

「市民による救命処置」は、胸骨圧迫とAEDを実施することが最優先で、必ずしも人工呼吸はしなくてもいい。心肺蘇生のトレーニングは、小学生から実践できる――蘇生科学や救急医療のさまざまな研究が進み、“救命の常識”はたえず進化しています。こうした進化に貢献してきた一人が、循環器内科・蘇生科学を専門とされる石見拓教授(京都大学大学院医学研究科)です。2007年に「胸骨圧迫だけの心肺蘇生でも十分効果がある」*¹という論文を発表し、医学界で50年近くにわたって、心肺蘇生=「胸骨圧迫+人工呼吸」とされていた常識を変えたのです。


石見教授は、研修医だった時代から「市民による救命処置」に注目し、その普及活動に携わってきました。病院で活躍する医師が、院外の街中で行われる非医療従事者である一般人による救命処置に着目したきっかけはなんだったのでしょうか。石見教授のキャリアは、1996年に群馬大学医学部を卒業したのち、研修医として循環器内科に入局した頃までさかのぼります。


「当時、群馬大学にいた循環器病学専門の永井良三先生(現・自治医科大学学長)がとても教育熱心な方で、永井先生に惹かれて循環器内科に入局しました。永井先生はたびたび若い医師の研鑽のために第一線で活躍されている先生を呼んでくださるのですが、その中の一人が岩手医科大学の故・平盛勝彦先生でした。平盛先生は講演で『君たちは、カテーテル治療に夢中になっているかもしれないが、それで本当に多くの人を救えていると言えるのか? 心筋梗塞で亡くなっている人のほとんどは、病院にたどり着く前に亡くなっていることを知っているか?』と私たちに問いかけたのです。


平盛先生は『もっと院外にいる患者にも目を向けなさい。病院の外で心停止となっている患者を助ける救命処置の普及も、循環器内科医の立派な仕事だ』とおっしゃいました。その言葉が忘れられず、救命処置の現状を調べました。すると、急性心筋梗塞の患者の3分の2以上が病院の外で亡くなっていることを知りました。このことに衝撃を受けて、市民に向けて救命処置の普及に尽くすことが、これからの自分の仕事だと考えたのです」

AED image

胸骨圧迫とAEDで、誰もが人の命を救える時代へ

 

石見先生は群馬県内で救命処置の普及活動を始めたものの、その道のりは遅々として進みませんでした。当時、医師でも救命処置に高い関心をもつ人は一部で、さらに市民向けに講習会を開催しても、興味をもってくれる人はごくわずかでした。1991年に救急隊員が一部の医療行為をおこなえる救急救命士制度が始まってまだ6年ほどで、消防と医療機関の連携もスムーズにいかず、裾野を広げるまでに至らなかったのです。そのうち、救急隊員が関わるすべての院外心停止例のデータを登録するレジストリ(疾患情報構築)研究が2005年から大阪で始まることを知ります。


「この研究に加われば、救命処置の効果を実証して、市民に向けてインパクトある情報発信ができるかもしれないと可能性を感じました。そして、群馬を離れて、レジストリ研究の中心である大阪大学救急医学の大学院に入り、研究チームに加わりました。この研究では年間5,000例もの院外心停止症例のデータが蓄積されていきました。その間、それまで日本で体系的な指導法がなかった医療従事者のために、突然の心停止に対して直ちに行う救命処置(ICLS)を確立することもできました。


私の最大の研究テーマは、市民による救命処置の効果実証だったので、その後に京都大学に移ってからもレジストリのデータ解析を続けて、救命処置の効果検証を試みました。その結果、人工呼吸を行わない胸骨圧迫だけの心肺蘇生でも、人工呼吸がある場合と同等の効果があることがわかったのです*¹」、


2007年に石見教授らの論文が発表されると、国内外で大きな反響を呼びました。その3年前の2004年には、日本で市民のAED使用が承認されたことと相まって、市民に救命処置を広めていこうという機運が盛り上がりました。


「人工呼吸は、感染症リスクから抵抗がある人もいますし、技術的にも難しいものです。しかし、胸骨圧迫とAEDならば、誰でもすぐ習得できますし、誰でも実践できます。2004年に市民がAEDを使えるようになったブレイクスルーと重なり、市民による救命処置への関心が一気に高まったのです」

京都大学教授・石見拓医師 image

日本全国に広がるPUSHプロジェクトの輪

「救命処置は、誰でもすぐ習得できて、誰でも実践できるもの。今こそ、すべての国民がそのことを理解し、誰もが胸骨圧迫とAEDによる救命処置ができるように普及活動を始める時だ」――そう考えた石見教授は、2007年に「PUSHプロジェクト」(NPO法人 大阪ライフサポート協会)を立ち上げます。

 

PUSHプロジェクトは、救命処置で最も重要な「胸骨圧迫とAEDの使い方」「誰かが倒れた時に声をかける勇気」を身につけることを目的としています。45分~60分のPUSHコースで、トレーニングキットを使用して、救命のために必要な行動を、頭だけでなく体で覚えていくことができます。

 

「PUSHコースの特長は、わかりやすく、なおかつアトラクティブであること。自分で動いて、声を出して、体で学ぶことを重視し、最終的には「自分にもできる」「いざというときには行動を起こそう」と自信をもってもらうことをゴールとしています。そのために、指導する側は、ダメ出しをしないことを大切にしています。『その押し方じゃダメ』『間違っているよ』などと指摘をすると、『難しかった』というネガティブな気持ちが残ってしまいます。PUSHではできたところを評価しながら、そこをより伸ばしていくように導いていきます。

PUSH プロジェクト

PUSHコースで伝えることはシンプルです。それは「胸をPUSH」「AEDのボタンをPUSH」「あなた自身をPUSH」という3つのPUSH。このシンプルなメッセージを覚えて帰っていただければ、心停止で倒れた人の命を救える可能性が高まるのです」


さらに、PUSHプロジェクトが市民の救命処置普及に非常に優れているのは、PUSHコースで学んだ人が「人に教える」ことができることです。


「1回受講し、教えてみたいと思った人はみな、PUSHコースの指導者となることができます。すでに35万人がPUSHコースで救命処置を学んでいます。その人たちが地元でPUSHコースを開催したり、小中高で学校PUSHを開催していくので、PUSHを学んだ人はトータルで数百万人近くになっていると思います。もちろん1回の受講だけでは不安があるという人のために、PUSHコース開き方講座、PUSHコース開催支援システム、講習用器材などの各種サポート体制も万全に整えています」


PUSHで学んだ救命処置を自分だけにとどめず、誰かに教えていく。そして、人に教えることで、自分自身のスキルや自信も高まっていく。石見教授は、PUSHのネットワークを倍々に広げていくことで、日本を「すべての人が救命処置で命を救える国」にしたいと考えています。


「日本人は、もともと助け合いの精神が高い国民性だと思います。一方で、完璧主義で慎重な側面もあり、集団の中で突出した行動を嫌う傾向もあります。その裏返しとして、『救命処置が当たり前』という常識が社会に浸透していけば、誰もがファーストレスポンダー(救命の第一応答者)になれる国民でもあるのです。そのためには、子どものうちからPUSHなどを通じて繰り返し救命処置を学ぶ機会をつくり、市民による救命処置を当たり前レベルに浸透させていく。それにより「すべての人が救命処置で命を救える国」にしていくことは可能だと私は考えています」

誰にでも起こりうる心停止リスク。だからこそ市民の力が必要

ある日、突然の心停止で倒れる――その可能性は、高齢者、心疾患や生活習慣病のある人など一般的にリスクが高いと考えられる人だけでなく、じつは誰しもに起こりうることだといいます。


心臓病の代表例である急性心筋梗塞では、死亡例の半分~3分の2は、病院外で突然心停止となり、心臓突然死で死亡していると報告されています。激しい運動をすると、運動をしていない場合と比較して17倍も心停止のリスクが高まるという報告もあります。「健康な子どもや若者であっても、ボールや体がぶつかり合う激しいスポーツで心臓震盪(しんぞうしんとう)を起こし、心停止を起こすことがあります。子どもが校庭などで一時的に倒れたとき、心臓性失神を起こしていることもあります。誰もが突然の心停止を起こすリスクがある。だからこそ、誰もが救命処置を知っておくことが必要なのです」


2004年に市民のAED使用が承認されて、救命処置がより実践しやすい環境が整ったことは、救命医療にとって大きな前進でした。

「私が医者になった1991年当時は、AEDは一般市民の手が届くものではありませんでした。この頃は、院外において心停止で倒れた人の命を救うのは“奇跡”に近い行為でした。しかし、今は“奇跡”ではないのです。近くに居合わせた人が、すぐに胸骨圧迫とAEDの救命処置を実施して命を救える――これは当たり前になりつつあるのです」


AEDが街中のあちこちに置かれて、誰もが使える身近な存在となり、2024年で20年を迎えました。今後は、より軽量・コンパクトで、自宅にも置ける「家庭用AEDの普及」が始まろうとしています。


「現実問題として、日本では心停止の約7割は住宅で起きています*²。しかし、AEDの多くは住宅街に設置されておらず、繁華街や公共施設などに置かれています。日本は人口密度の高い住宅地が多いので、今後、家庭や町内会など地域に家庭用AEDが行き渡っていけば、7割という数字は減らしていける可能性があると私は考えています」


石見教授は、PUSHプロジェクトに加え、学校教育への浸透、AEDや傷病者の位置を特定するICT・デジタルの活用など、あらゆる角度から心臓突然死対策、救命処置の普及に関する研究・活動を進め、「すべての人が救命処置で命を救える国」を実現すべく奮闘しています。目の前に救える命がある限り全力を尽くす――これは多くの医療者に共通する思いですが、私たち市民もまた行動できることがあるはずです。(取材・文 / 麻生泰子)

京都大学教授・石見拓医師 image

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プロフィール

石見拓

1972年埼玉県生まれ

群馬大学医学部卒業(循環器内科医)

大阪大学大学院(救急医学)博士課程、京都大学大学院臨床研究者養成コース修了(専門:蘇生科学)

京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻予防医療学分野 教授

日本AED財団専務理事、大阪ライフサポート協会副理事長

長年にわたり、心肺蘇生・AEDの効果検証と普及活動に従事。

アウトドア好き、将来の夢はログビルダー、釣り人。

*1 Iwami T, Kawamura T, Hiraide A, Berg RA, Hayashi Y, Nishiuchi T, Kajino K, Yonemoto N, Yukioka H, Sugimoto H, Kakuchi H, Sase K, Yokoyama H, Nonogi H. Effectiveness of Bystander-Initiated Cardiac-Only Resuscitation for Patients with Out-of-Hospital Cardiac Arrest. Circulation. 2007; 116: 2900-2907.

*2 「令和4年版 救急・救命の現況」総務省消防庁

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