1980年代に始まった心臓カテーテル治療を黎明期から普及・発展に貢献し、急性心血管疾患治療分野で活躍してきた榊原記念病院・肥大型心筋症センター長の高山守正先生。日本における閉塞性肥大型心筋症へのPTSMA(経皮的中隔心筋焼灼術)の第一人者でもあり、ASD閉鎖治療、経カテーテル大動脈弁植込術(TAVI)、僧帽弁クリップの導入など日本における心疾患治療を牽引する役割を担ってきました。 心疾患治療の最先端を走り続けてきた高山先生ですが、循環器医を志したのはどのような思いからだったのでしょうか。 「私は祖父と父が医師だったのですが、高3途中まで理学部を考えていました。高1で死んだ父の遺言もあり結局、医学部に進みましたが、自覚が芽生えるのは遅かった気がします。しかし決めるきっかけは、臨床実習教育で密接に患者さんのケアをしたこと。そして大学卒業後、インドからアフガン・イラン・ヨーロッパをバッグ・パッカーでめぐった数力月間の世界放浪の旅でした。生きる努力を毎日しなければ、明日にも死んでしまうような暮らしの人たちに多く出会いました。貧しい人も富める人も人間が死ぬ瞬間は同じで、ある日突然やってくる。死は人間の宿命ですが、そこに至るまでの様々な苦しみから人を助ける仕事をしたいと思いました。そして世界の人々は皆、同じで解りあえることでした。 帰国後は、研修をスタートしている同期に半年遅れて、心疾患を多く扱う日本医科大学の第一内科に入局。当時は国内でもトップクラスの心疾患治療を担う診療科で、既に心血管救急のCCUと救命救急が稼働していました。 「1980年前後は欧米先進国でカテーテル治療が始まり、原因治療のなかった急性心筋梗塞が“治せる病気“となっていく過渡期でした。急性の心疾患はあっというま死に至る病気ですが、原因を突き止めて迅速に治療すれば、非常に早く回復を望める病気だと希望が見えてきたのです」 以来、世界最先端の心疾患治療を日本に普及させるために“心臓職人”として技術の研鑽に励んできました。 「肥大型心筋症の治療として、左心室の出口を塞ぐ突出肥大した心筋をアルコールで壊死させるPTSMA(経皮的中隔心筋焼灼術)をドイツで修得し、1998年から国内における治療法の確立・普及と後進の指導に努めてきました。さらに外科手術が困難な患者さんの胸を開くことなく人工弁を植え付ける大動脈弁植込術(TAVI)を学び、2010年から多施設臨床試験で日本での保険適用となる筋道をつけました。日本の患者さんが欧米の先進国と同等以上の治療を受けられるべく、新しい治療法の導入に取り組んできたのです。
「心臓が突然止まった場合、とにかく時間との勝負になります。1分ごとに生存率は10%ずつ低下しますから、1秒でも早く十分な心臓マッサージを行い、5分以内にAEDによる除細動を行うことが命を救うには肝要です。さらには、救命部門/CCU(心血管集中治療)のある病院に搬送できることが望ましい。心停止を起こした患者さんの命を守るには、周囲の人の救命活動に加え、消防・医療機関のネットワークが必要なのです。そこで都内のCCUのある病院と消防、行政による地域救急診療連携システム『東京都CCUネットワーク』の活動にも力を注いできました。 現在、高山先生が会長を務める東京都CCUネットワークは都保健医療局・都消防庁・都医師会の協力を元に76の医療機関が加盟し、緊急心大血管疾患をはじめ、心停止の患者さんの救急医療にも対応できるようにしています。東京全体の心血管救急病床の現況を共有し、最短で患者さんを搬送できるように連携しています。さらに心臓病の患者家族向けにAED心肺蘇生法講習を実施し、加盟施設の多くの病院で講習会を開催してきました。高山先生のいる榊原記念病院では、心疾患を抱える患者さんとその家族向けの講習会を定期的に開催しています。 「心疾患患者さん向けのAED心肺蘇生法講習会では、患者さんとご家族がAEDと心臓マッサージによる心肺蘇生法を学ぶことができます。突然の心停止は、健康な人にも起こりうるものですが、とくに心機能が衰えた人、心筋梗塞や狭心症、拡張型心筋症、肥大型心筋症、不整脈などの疾患がある人の心停止発生リスクは高い。リスク高い人と家族に向けた教育を充実させることが最大の予防につながるのです。
心疾患治療の最先端を走り続けてきた高山先生ですが、高度な医療技術をもってしても命を救うことがむずかしいと考える領域があります。それは、一見元気だった人や、心臓に既往症がある人が自宅や街で心停止を起こす「院外心停止」のケースです。
この研究から導き出されたのは、心疾患患者の院外心停止に備える最善の方策は、自宅へのAEDの設置を前提に ① 対象者を一人にしない ② AEDをいつも携帯する ③ 家族へのAEDと心肺蘇生の定期講習が欠かせない という結論でした。 「Home AEDの有用性を鑑み、私の患者さんでも自宅にAEDを置いてもらっている方が複数います。10代半ばの患者さんが2002年に第一線の心臓外科医より紹介されました。重い閉塞性肥大型心筋症による重症心不全で、胸が苦しくなるのが辛くて、ご飯も少ししか食べず、体もほとんど動かさず痩せていました。少女への心筋を削る手術は当時はできず、心筋をエタノール焼灼で薄くする新しいカテーテル治療を行いました。次第に回復し遊園地に行けるほど元気になりました。それでも心停止のリスクは高いのですが、ICD(埋込み型除細動器)は痩せた小さな体には大きく受け容れられませんでした。そこで自宅にAEDを持ち、ご家族は毎年、AED心肺蘇生講習会に参加して貰いました。」その患者さんは無事に成人を迎え、就職し一般の人と同じような日常生活を送り、結婚もされました。治療後は重症不整脈の兆候は全くありません。 「心停止がいつか起こるかもしれないと、ご自身もご家族も理解しています。毎日が不安と隣り合わせです。もし起こった時に、119番通報だけでは命は助からないと思っています。それでも救急車を待つ間に、もしかしたら命を救えるかもしれないHome AEDが自分達の手にある。そのことは患者さんと家族の心の支えにもなります。
心疾患の患者さんにとって、AEDは命を守る重要なライフラインになる――その思いから、東京都CCUネットワークでは高山先生らが中心となって、Home AEDの有用性を検証する研究を以前に行ないました。この研究は、院外心停止のリスクが高い患者さんとその同居家族に、自宅に置けるAEDと定期的な心肺蘇生講習を提供し、その効果を実証するものです。「52名の患者さんに5年間にわたる追跡調査を行なったところ、5名にAED心肺蘇生が必要となる心停止が起きました。10%の発生率ですから、けっして低くない数字です。5名のうち3名は外出先でAED携帯なく家族は同行していませんでした。職場の会議中、および自宅で心停止が起きた2名中、1名は携行していたAEDで一命をとりとめ、1名は深夜の家族就寝中で書斎での発症でAED使用に至らない状況でした。
「ただし、AEDや心肺蘇生を正しく実施しても患者さんの状態によっては助からないことは多いです。AEDと心肺蘇生を行ったものの、自分のやり方が間違っていたのではないか、やらないほうが良かったのではと苦悩を抱える救護者の方もおられます。しかし循環器専門医として私が断言できるのは、『AEDと心肺蘇生に失敗はない』ということです。やらないことだけが失敗です。 たとえ命が助からなかったとしても、ご家族や身近な人が最後まで患者さん自身のために力を尽くした。「やるべきことはやった」。その事に意味があるのです。 心疾患の治療と予防に走り続けてきた高山先生ですが、一方で「病と向き合い、病とともに生きること」「どのように死を迎えるか」についても患者さんと率直に語り、分かち合っていくように努めています。人はいつか死ぬ――しかし、そこに至るまでに本人と家族がどう生と向き合うかがなにより大切だと高山先生は説きます。Home AEDの存在は、心疾患を抱える人の日常に寄り添い、これからの人生の時間を納得して暮らすパートナーとなってくれるはずです。 (取材・文/麻生泰子)
Home AEDが自宅にあることは、心疾患を抱える患者さんと家族にとって大きな安心なのですね。
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