日本の医療費は年々膨れ上がり、2018年度では過去最高額の42兆6000億円に達しています。国民一人あたりの医療費は年間約34万円にのぼり、さらに増えていくと予測されます。増加の一途をたどる日本の医療費を下げる打開策はあるのでしょうか? すでにジェネリック医薬品の活用や在宅医療推進、診療報酬の改定など医療費削減への試みも進められています。しかし、削減する一方の対策だけでは、42兆円にもおよぶ医療費を減らすに十分とはいえません。むしろ抜本的に、医療のあり方そのものを大きく進化させる“イノベーション”が必要なのです。 医療イノベーションとして期待されるのが、例えばAIによる診断向上、ICTを活用した遠隔診療などです。さらに、MRIやCTなどの高度診断装置を活用した“プレシジョン・ダイアグノシス(精緻な診断)”と称される高度診断技術分野も注目を集めています。MRIやCTは体を傷つけることなく、がんや血管閉塞、動脈瘤など外側からわからない病変を早期発見するのに非常に有効です。 とくにMRIは、大きな磁石とラジオに用いられるような電波を組み合わせて、脳や臓器、骨など組織の内部をさまざまな角度から精緻に撮影することができます。他の画像診断装置に比して、放射線被ばくがないため、小児も安心して受けることができるメリットがあるのです。 例えば、日本人の2人に1人がかかるとされる「がん」。たった1回の撮影で、ほぼ全身のがんリスクを調べることができる「全身MRI検査」は、ごく小さな初期がんの発見に至ることも多く、PET-CT検査(撮影前の注射や被ばくリスクあり)と並んで早期診断・早期治療に役立っています。早い段階で病気の芽を摘み、健康を取り戻すことは、まさに未来の医療費を減らし、健康寿命を伸ばすことに直結するのです。
じつは、日本はMRI、CTといった高度診断装置の病院設置数で世界トップを誇ります。しかも、検査料は欧米先進国の中でも比較的、低額に抑えられています。つまり、地域や医療機関による差はあるものの、日本では、患者さんがMRIやCTにアクセスしやすい理想的な医療環境が整っているのです。 一方、医療の現場では、早期診断の強い味方であるMRI、CTを十分に活用しきれない課題も抱えています。検査件数の増加による医療現場の負担や順番待ち状況、長時間撮影による患者の精神的・身体的負担が挙げられます。また、より高精細な画像を撮ろうとすれば、そのぶん長い撮影時間が必要です。撮影時間が長くなれば、体が動いてブレが生じたり、疼痛を抱える患者さんの身体的負担が増すなどジレンマがあるのです。 そこでフィリップスが実現したのが〈高速化技術〉によるMRIイノベーションです。撮影時間を短縮するSENSE技術と、画像圧縮を可能にする圧縮センシング技術を融合することで、撮影の高速化・高画質化を実現し、短時間の撮影で高精細な画像が得られるようになったのです。 例えば、かつて全身MRI検査の撮影には約30分を要しましたが、スピード化が実現し、現在では10〜15分での撮影が可能です。特筆すべきは、倍速で撮影しても高精度な画像が得られること。実際に導入している医療機関では、患者さんの負担が軽減し、正確な診断が迅速に下せるようになり医療の効率化や質向上が実現したとの声が増えています。さらに、急患や小児、疼痛を抱える患者さんへのフレキシブルな対応がしやすい環境が整ったのです。 (図)MRI・CTにおけるイノベーション「高速化技術」
MRI活用による医療費削減の可能性については、興味深い研究成果があります。オランダで行われた研究で、乳がんのネオアジュバント療法(抗がん剤で腫瘍を小さくしてから切除手術を行い、組織をできるだけ残す)における実証実験です。 この実験では、MRI撮影で腫瘍の大きさを確認しながら、それに合わせて抗がん剤を調整する療法を進めたケースと、規定の処方にしたがって抗がん剤を服用しつづけたケースとで、その予後をシミュレーションしました。その結果、前者のMRIを活用して抗がん剤の調整を受けた人は、その後のQOL(生活の質)と生存年数が上がり、しかも医療費が大きく下がったのです。 ちなみにMRIが誕生したのは今から40年以上前の1970年代。ポール・ラウターバー博士とピーター・マンスフィールド博士らが開発したもので、「無侵襲」の診療法を実現したいという一心で研究に没頭し、磁気の現象を応用して人体の内部を撮影する装置の開発に成功しました。その功績から両氏はノーベル生理学・化学賞を共同受賞し、医学史上偉大な功績として歴史に刻まれています。以降、MRIは世界中のさまざまな研究者や医学者によって進化を遂げてきました。 フィリップスの“プレシジョン・ダイアグノシス(精緻な診断)”への挑戦は、そのMRIの歴史の新たな一歩となるものです。日本が抱える医療費増大という大きな課題——それを乗り越えるには削減策と並行して、医療イノベーションに挑みつづけることが必要不可欠なのです。(文 / 麻生泰子)
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