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災害が起きたら日本の救急医療はどうなる? 日本の災害・救急医療の現状から、市民に必要とされる応急処置のスキルとAED救護体制を、心臓血管外科医師・フィリップスメディカルアフェアーズディレクターの植野 剛が解説します。

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防災対策として重要なのは「応急処置のスキル」


日本は、災害大国です。自然災害が各地で起きています。地震、津波、台風、豪雨、これらに関連した道路の寸断や通信、電力などのインフラ途絶なども伴うと、救命救助を求める人が激増しても、誰もがすぐに救助や治療を受けることは難しくなります。

日頃から災害に備え水や食料の備蓄、ハザードマップや避難所の確認をされている方は多いかと思います。そして、命を護る観点から、私たちが他にも備えておかなければならないのは、心肺蘇生など「応急処置のスキル」です。水や食料がなくても数分で命を落とすことはありませんが、心停止や出血などで倒れたときは、たった数分で生命が失われるリスクがあります。救急車が到達しにくい状況であれば、その場にいる人たちだけで救命活動を行わなければならないケースも起こりえます。


心停止を起こした場合、適切な蘇生処置がなされないままであると、刻一刻と救命率や社会復帰率は低下していきます。例えば、AEDによる電気的除細動の適応の一つでもある心室細動という不整脈が原因の心停止の場合、電気的除細動が1分遅れるごとに、救急搬送先の病院を生きて退院できる確率は7~10%ずつ下がる*1といわれており、できるだけ早くAEDによる除細動を行うことが重要です。心臓が止まり、全身に血液が届けられなくなった時、最初に深刻なダメージを受けるのは「脳」です。もし、心臓が止まってから5分以内に血流を再開できなければ、脳には回復困難な障害が残るとされています。


2023年時点で、救急要請から救急車が現場に到着するまでの平均時間は10.0分となっており、救急車の到着を待っていては間に合わず、その場に居合わせた方による一次救命処置がいかに大切かがお分かり頂けるかと思います。

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それゆえに、日頃から一次救命処置(心肺蘇生とAED)やケガの応急手当てを学んだり、近くのAED設置場所を確認しておくことは、いざというとき生命を守る心強いスキル・知識になるのです。一次救命処置は、専門的な医学知識は必要なく、各自治体の消防署で行われている「救命講習」、市民向けに書かれた『救急蘇生法の指針2020』「フィリップス AED 応急救護トレーニングビデオ 」などで学ぶことができます。

救命救助で一番大切なのは、駆け付ける勇気


「心停止で倒れた人を助けるために一番大切なことは?」と質問されたら、答えは一つです。救命救助で大切なのは〈駆け付ける勇気〉です。心に留めておいてほしいのは、予期せぬ出来事や危機的な状況に直面したとき、人間には目の前の事態の深刻さを過小評価してしまう「正常化バイアス」が働きやすいということです。人が倒れていても「酔っ払っているだけかもしれない」「別の人が助けてくれるはずだ」と問題を小さく捉えてしまうのです。これは誰でも起こりうることですが、そのことを認識するだけでも、より良い判断に一歩近付きます。


私は心臓血管外科医師ですが、看護師さんから時折聞かれる言葉が、「先生に相談するか迷ったんですけど…」というものです。目の前の患者さんのいつもとちがう症状を見たときに、医師やまわりのスタッフに相談したほうがいいのか、プロであっても迷う状況は往々にしてあります。そうしたときに私が繰り返し伝えているのは、「迷ったら、とにかく患者さんにとってより安全な方の選択肢を選んでください」ということです。


救急救助を必要とする現場に居合わせた市民の皆さんも、おそらく同様だと思います。声をかけていいのか迷う。通報していいのか迷う。AEDを持ってくるべきか迷う。AEDを使っていいのか迷う。もちろん、中には躊躇なく行動できる方もおられるかもしれませんが、それでも一抹の不安はあるでしょう。そんなとき、物事を良い方向に向かわせてくれるのは「迷ったら、その人(倒れている人)にとってより安全な選択肢を選ぶ」という判断基準です。そして、倒れている人がもし呼びかけに反応しなかったら、次のアクションとして「心肺蘇生を開始し、AEDを使用する」と覚えておいてください。


倒れて意識がない方にAEDを装着したときに、電気ショックが必要な状態かどうかはAEDが判断します。助ける人は、難しい判断を下す必要はなく、ただ心肺蘇生の開始とAEDの装着を行い、あとはAEDの音声指示に従えばよいのです。急病人やケガ人を救うために、市民が善意で行なった行動は、うまくいかなかったり、助けることができなくても、法的に責任を問われることはないと考えられています*[2,3]。

オフィスやイベント会場における「AED適正配置」


一次救命処置のスキル習得に合わせて、欠かせないのがAEDの存在です。AEDは、電気ショックを与えることで、心臓が正常なリズムに戻るように促す医療機器です。皆さんが通う学校や企業、商業施設などにはAEDがありますか? これらの施設の管理者は、その場にいる人の安全を確保するために必要な救護体制を構築する「安全配慮義務」があります。救護体制の構築は、従業員や教職員の救急救命講習の受講、緊急連絡体制の確立、AEDの適正配置などが挙げられます。


AED適正配置に関して、最大のポイントは「心停止から5分以内に電気ショックが可能な配置」*4で設置することです。その最大の理由は、先ほど申し上げた「脳を守る」ためです。ある研究によれば、一般の方が心停止を目撃してから、119番通報(心停止を認識し行動する)までには2~3分を要することが示されています*5。これらを勘案してこの目標を達成できるよう配置を考慮する必要があります*4。


さらに大切なポイントは「人目につく場所にある」ことです。緊急時でもすぐに思い出せるように、多くの人が行き来する受付、玄関ホール、食堂などの目につきやすい場所に設置すること。加えて、オートロックやセキュリティゲートの有無、階段・エレベーターを使わずに行けるかどうか、24時間アクセス可能であるかどうかもシミュレーションしておくべきポイントです。


「オフィスのAED適正配置」例として、フィリップス・ジャパン本社のAED設置図を示します。受付や食堂、エレベーターホールなど、多くの社員の目にふれる場所に設置し、どのエリアからもすぐに(オフィスのフロア1辺約80 m 四方内に4台設置 ※例:万博会場150 m 範囲毎に1台)取りに行けるように、効率的にAEDが配置されています。

これまで、心疾患を取り巻く医療は、冠動脈バイパス術や植込み型除細動器(ICD)、冠動脈形成術、心臓移植などの医療技術の登場やAEDの普及などにより目覚ましい進歩を遂げ、心筋梗塞や狭心症などの心血管疾患による死亡率は大幅に減少しました。


しかし、反対に心不全を新たに発症する人は年々増加しており、2030年には130万人に達すると推計され、「心不全パンデミック」とも呼ばれます。なぜ、心血管疾患で死亡する人は減少しているのに、心不全を新たに発症する人は増えているのでしょうか?

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施設内でのAEDの配置にあたって考慮すべきこと

1 心停止から5分以内に電気ショックが可能な配置(階段・エレベーターを含む)

2 分かりやすい場所

3 誰もがアクセスできる

4 心停止のリスクがある場所(運動場や体育館等)の近くへの配置

5 AED 配置場所の周知

6 壊れにくく管理しやすい環境への配置


イベント会場など不特定多数の人が訪れる場所で優れた取り組みをしているのが、EXPO 2025大阪・関西万博です。公益社団法人2025年日本国際博覧会協会では「医療救護対策実施計画」を策定し、診療室3カ所・応急手当室5カ所・危機管理センターに加え、AED計150台以上を屋内外に設置しています。AEDは直径150mの範囲ごとに1台置かれ、すぐにAEDを取りにいける適正配置を実現しています。来場者の安全を第一に考えた、非常に優れた医療救護体制といえます。

今後に期待したいのは、万博終了後に、この医療救護体制の果たした役割や効果について検証が行われることです。そこで救急救命の確かな効果が実証されれば、今後こうした医療救護体制は、大規模なイベント会場における標準となることも期待できます。

(1)  屋外AED配置図(合計76台:大屋根リング上8台とモバイルAED10台含む)

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(2) 屋内AED配置図(合計74台)※2024年10月時点

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出典:2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)における医療救護対策実施計画

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一般の方が目撃した心原性心肺機能停止傷病者において、一般の方により心肺蘇生が行われた場合、1か月後の生存率は約2.0倍、1か月後の社会復帰率は約2.9倍まで高まるとされています*6。さらに、一般の方により AED を用いた除細動が実施された場合、もちろん背景の差はあるものの、1か月後の生存率は約7.4倍、1か月後の社会復帰率は約13.2倍にものぼります*6。人から人へ4つの輪がつながることで、その人の生命が救われる可能性が高まります。


私はこの4番目の輪の中にいる心臓血管外科医師として、目の前の患者さんの生命と健康を守るために全力を尽くしてきました。しかし、一外科医として救える患者さんの数は限界があります。AED を含む医療機器を扱うヘルステック企業であるフィリップスでは、この4つの輪すべてにアプローチすることができます。広く市民の方に心停止の予防対策を伝え、救命の連鎖やAEDの適正配置、市民による一次救命処置の大切さを伝えていくことは、将来に向けてより多くの人の生命と健康を守ることにつながると考えています。


心停止は、健康で若い人であっても、ある日突然起こりうるものです。2023年に心肺機能停止で救急搬送された人の数は14万575人。1日で約385人にのぼります*6。生きられたはずの人生を失うことなく、「あのとき、助けることができたかもしれない」という後悔を抱える人が一人でも減るように、まずは自分の身のまわりのAEDを確認することから始めてみましょう。


フィリップスのAEDについてはこちら

出典

*1 Holmberg M, et al. Effect of bystander cardiopulmonary resuscitation in out-of-hospital cardiac arrest patients in Sweden. Resuscitation 2000; 47 (1): 59-70.

*2 厚生労働省. 「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用のあり方検討会報告書」(平成16年7月1日付医政発第0701001号厚生労働省医政局長通知添付)

*3日本救急医療財団心肺蘇生法委員会監修「改訂6版 救急蘇生法の指針2020 市民用」(へるす出版)54頁

*4 一般財団法人日本救急医療財団. AEDの適正配置に関するガイドライン. 2018年12月25日.

*5 Iwami T, et al. Continuous improvements in “chain of survival" increased survival after out-of-hospital cardiac arrests: a large-scale population-based study. Circulation 2009; 119 (5): 728-34.

*6 総務省消防庁. 令和6年版 救急・救助の現況. 2025年1月24日.

 

PROFILE

植野 剛 (フィリップス メディカルアフェアーズディレクター)

2008年、京都大学医学部医学科卒。

2008~2014年、倉敷中央病院にて初期研修、心臓血管外科後期研修、専門修練。

2014~2015年、兵庫県立尼崎病院にて心臓血管外科医長。

2015~2021年、病院統合・移転により兵庫県立尼崎総合医療センターにて心臓血管外科医長。

2021年、Philips の Medical Officer に就任し、2022年より Medical Director、2025年より Medical Affairs Director(APAC (Asia-Pacific) 地域担当)。

現在も心臓血管外科医師として臨床現場で手術に携わりつつ、フィリップスではグローバル学術部門において、医療現場のニーズと製品・サービス開発との橋渡し役を担い、コンサルティング、ソリューション、ソフトウェア、医療機器などを通じて実効的な側面からの臨床現場の改善にも取り組む。

またその他にも、京都大学 大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻 社会疫学分野における社会健康医学(公衆衛生学)的アプローチ、官民による政策共創団体 Policy makers lab における医療制度・政策的アプローチ、特定非営利活動法人 CALS Japan における心臓血管外科術後の心停止に対する蘇生プロトコールの日本への導入・普及を進めるという多職種連携・医療安全・医療教育的アプローチも行う。

これらの取り組みを通じ、医療の質や安全、持続可能性の向上を目指し、医師の本分である「医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、国民の健康な生活を確保する」(医師法第1章第1条より抜粋)を達成すべく、日々奮闘中。

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