なぜ、大阪市消防局で、こうしたインパクトのあるポスターを発信することになったのでしょうか。大阪市消防局で〈救命普及〉を担当する中居弓恵さん、木下睦美さん、妹尾翔吾さんにポスター制作のきっかけとその思いをうかがいました。
「誰かが病気や大ケガで倒れたとき、一人の力だけでは助けることはできません。早期発見と119番通報、居合わせた人による心肺蘇生法や応急処置、さらに救急救命士や医師による救命処置へと、人から人へ〈救命の連鎖〉がつながることで、一つの命を救うことができるのです。
私たち救命普及の担当チームは、この〈救命の正の連鎖〉を実現するために、市民の皆さんに向けて心肺蘇生法などの応急手当の知識を普及啓発していくことが使命です。しかし実際に市民の方の声を聞くと『怖くて動けないかもしれない』『できる自信がない』などの声も多く、この心理的ハードルを克服していくことが大きな課題だと感じていたのです」(妹尾さん)
「課題克服を目標に、大阪市民に向けて、応急手当に関する情報や講習、ツールをさまざま発信してきました。その一環として現在、力を入れているのが、子どもたちを対象にした『次世代の救命の担い手づくり』です。皆さんも、子どものときに学校の防災訓練で、火事や地震の際の行動を学ぶ実習を受けてきたと思います。そのおかげで、避難経路を探す、頭を守るなどすばやく行動できる人は多いと思います。
救命も同じ考え方です。子どもの頃から訓練を重ねていくことで、倒れた人に声をかける、周囲の人に協力を求める、119番通報する、胸骨圧迫を始めるなどの応急手当を迷わず行うことができる市民が増えていくと考えています。そのために、子どもたちが『自分にもできるんだ!』と勇気を抱くきっかけをつくろうと、ポスターのアイデアが持ち上がったのです」(中居さん)
ポスター制作段階では、救命の際にとるべき行動が一目でわかるポスターを制作するには、どんなシーン設定やアイテムが必要か話し合われたといいます。 「市民による救命活動を象徴するツールは何かを話し合ったとき、一番に連想したのはAED でした。市民の方に〈AED =人の命を助けるもの〉としてイメージが定着していると感じたので、子どもが赤いAED を持って走る姿をメインビジュアルに決めたのです」(中居さん) 制作は、この趣旨に賛同してくれる方々の全面協力のもとで進められました。撮影モデルを務めてくれた男の子は、大阪市消防局で活躍する職員のお子さんです。撮影地は、大阪市内にある子ども図書館「こども本の森 中之島」が撮影協力に応じてくれました。また、「ヒーローになるきっかけはいのちの授業だった」という名キャッチコピーは、大阪市消防局の職員が考案したものです。予算など限られた条件下で、市民の心に届く発信をして「助け合いの大阪市をつくっていこう!」という大阪市消防局の熱い思いが詰まっているのです。
ポスターに添えられた小さなメッセージ文には、「救えるヒトは学んだヒト。大阪市消防局では命の救い方を教えています」と書かれています。大阪市消防局では、2017年から教育委員会と協力して、市内の小中学校に向けてAED を使った応急手当教育の働きかけやサポートを行なっています。また、一般市民に向けてニーズやレベルに合わせた各種の救命講習を無料で開催してきました。
「市民に向けての救命講習は大きく分けて3つあります。胸骨圧迫とAED を学べる〈救命入門コース〉、成人(小学生~大人)や小児(未就学児)の心肺蘇生法を詳しく学べる〈普通救命講習1・2・3〉、骨折や外傷、やけどなどの応急処置と心肺蘇生法を学ぶ〈上級救命講習〉があります。これらの救命講習は、総務省消防庁の『応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要項』に従って実施するもので、大阪市にかぎらず多くの消防本部に共通していると思います」(中居さん)
「たとえば、45分の〈救命入門コース〉は10歳から受けることができるので、親子で参加される方もいらっしゃいます。〈普通救命講習3〉は乳幼児・小児に対する処置内容を学べるので、保育士の方や小さなお子さんのいるご家庭の方も受けられていますね。〈上級救命講習〉は、企業や施設運営の安全管理担当者、警備会社の方などさまざまな職務の方が受けられています。一つの講習を2、3年ごとにくり返し受講してくださる人もいれば、やりがいを見出してどんどんステップアップしていく方もいます。順序立てて受講する必要はなく、ご自身のニーズに合った講習を自由に選択していただくことができます。大阪市の場合、平日夜間に実施しているコースもあるので、お仕事や学校の後に受けていただくことも可能です」(木下さん) 「子どもたちにもわかりやすいように、アニメでAED 救命や応急手当を学べる『ボジョレーに教わる救命ノート 』を公開しています。累計3500万アクセスがある人気サイトです。また、実際に救命活動にあたった市民の方からの手順に不安を感じたという声を受けて、『救命サポートアプリ 』を作成しました。倒れている人(成人・小児・乳児)に応じて心肺蘇生法の手順を動画でチェックすることができるアプリで、すでに7万ダウンロードを達成しています」(妹尾さん)
さらに、大阪市消防局では、自宅や外出先からオンラインで応急手当のノウハウを学べるデジタル環境づくりも先進的に進めています。
また、「大阪市消防局YouTube 」では、救命に関するさまざまな動画を発信するなど、デジタルを活用した情報発信に力を入れています。
「胸骨圧迫やAED のパット装着などは、やはり実際に救命講習を受けてもらってリアルに体験してもらうことが一番の学びと経験になると思います。改善点があればその場で指導が受けられるので、確実に習得できます。しかし時間が経過すると、記憶が曖昧になったり、技術に自信がなくなることもあるので、こうしたデジタルのツールを上手に活用していただければと思います」(中居さん)
※2021年には、これらの救命講習の内容のベースとなる『JRC蘇生ガイドライン2020』の最新版が公開されました。感染症流行期における心肺蘇生法の注意点を加えていること。また、救助者が判断に迷った場合もためらうことなく応急手当を行うことの重要性を強調し、救命処置が速やかに応急手当を実施できるようにわかりやすい内容となっています。
119番通報では通信指令員が電話越しに胸骨圧迫などの口頭指導を行い、救命にあたる市民へのサポートをしていますが、こういった情報も講習の内容に追加しています。講習の基本的な内容は同じですが、ガイドライン改訂で進化や改善された部分もあるので、すでに何年か前に受けたという人も含め、ぜひ多くの人に受講していただければと思います」(中居さん)
今回、取材に応じてくれた大阪市消防局の〈救命普及〉の担当チームの皆さんは、経験豊富な消防士であり、木下さんは救急救命士でもあります。 一人の勇気から、誰かの命を救えることがある――街のあちこちにあるAED は、私たち一人ひとりが誰かにとってのヒーローになれることを教えてくれています。大阪市消防局が取り組む〈救命普及〉は、未来を担う子どもたちが〈自分もヒーローになれる〉と思える社会づくりにつながっているのです。(取材・文 / 麻生泰子)
「私は、人の役に立つ仕事がしたいと考えて大阪市消防局に入りました。消防署は消火活動だけでなく、救命救助や災害支援も担います。入局してからは、救急車に同乗する業務も担当しましたが、救急救命士の資格はなかったので、できることは限られていました。でも、実際に人を助ける場に立つと、先輩の背中を見ながら『自分も力になることができたら』という思いが強くなるんです。そこで救急救命士の養成課程に進み、資格を取得しました。人を助けることができるのは、救急救命士や消防士にかぎりません。市民の皆さんも、救命講習を受けていただくことで、人を助け、命を救う力になることができるのです」(木下さん)
「苦しんでいる人を目にしたときに、手を差し伸べて助けたいと思う気持ちは、皆さんの心の中にあると思います。私たちの役割は、その気持ちを後押しするために、正しい知識と技術を市民の皆さんが学べる環境を提供していくことにあります」(妹尾さん)
「もちろん、私たち消防職員も、救急や災害の現場に駆けつけるとき、不安やためらいをまったく感じないかといったら嘘になります。誰かを助けるという行為は、いかなる時も勇気が必要なのです。だからこそ、私たちは『あなたの勇気が「命」を救います!』と市民の方にくり返し呼びかけていきます。まずは勇気を出して、救命講習を受講していただければと思います」(中居さん)
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