お口は、全身の健康の入り口です。口腔ケアの第一の目的は、虫歯や歯周病の予防ですが、口腔ケアが不十分だと、さまざまな全身疾患を招くことがわかっています。口腔内の歯垢(プラーク)を放置すると、やがて歯周病を発症します。すると、歯周病菌が歯肉から毛細血管に入り込み、動脈硬化、狭心症や心筋梗塞、糖尿病、骨粗しょう症などさまざまな病気リスクが上昇するのです。 歯科と医科を連携させた治療に力を入れている清水智幸院長は、さらに口腔ケアは「感染症予防の有効な手段」だと話します。 「風邪やインフルエンザは、帰宅時に手洗いうがいをしたり、部屋を加湿したり、抗菌作用のある緑茶を飲んだりする日頃の心がけで予防できます。それと同じように口腔ケアは、感染症を予防する重要なセルフケアの一つなのです。 口腔ケアによるインフルエンザ予防効果は、医学的にも認められています。要介護高齢者で歯科衛生士による口腔ケアを受けたグループと、受けてないグループを比較した調査では、口腔ケアを受けた人のインフルエンザ罹患率は、わずか10分の1になったとの報告があります*1」 なぜ、口腔ケアをしただけで、インフルエンザにかかる率が大幅に下がったのでしょうか。 「ウイルスは多くの場合、鼻や口の粘膜から進入します。ただし、口の中に入った時点では、まだ悪さはできません。なぜなら、ウイルスは周囲がたんぱく質で覆われていて、そのままでは増殖できないのです。しかし、そこにプロテアーゼという酵素があると、たんぱく質が切断されて、細胞内に侵入できるようになります。プロテアーゼは鼻やのど、口に常在します。 歯周病菌はプロテアーゼを産出するので、歯周病を抱えている人やプラークが溜まっている人は口腔内にプロテアーゼがとくに増殖しています。つまり、口腔ケアは不十分だと “ウイルスが活動しやすい環境”ができてしまうのです」 口腔ケアがインフルエンザの罹患率を下げるということは、新型コロナウイルスの予防にもつながるのでしょうか。 「新型コロナウイルスのメカニズムは解明されていない部分も多くありますが、感染時にはインフルエンザウイルスと同じく、プロテアーゼが介在しています。手洗いやうがいに並んで『口腔ケア』も新型コロナウイルスの感染症予防策になるものと考えられています」
歯周病は、感染症リスクを上昇させてしまうのですね。しかし、日本人は30代以上の3人に2人に歯周病の症状がみられることがわかっています*2。歯周病の発症や進行を防ぐには、どうしたらいいでしょうか。 「もっとも効果的な歯周病予防は、毎日のブラッシングです。プラークは歯の表面だけでなく、歯と歯の間や歯肉との境目にたまります。毎日のブラッシングでは、歯の間、そして歯肉との間についたプラークをしっかりとることが大切です。ただし、歯周ポケットといわれる歯肉の深い溝部分は、歯ブラシが届きません。ここは、歯科医院での定期メンテナンスでプラークを除去してもらう必要があります」 歯周病を防ぐには、セルフケアと歯科医院でのメンテナンスの双方が重要なのですね。 「腸内環境と同じように、お口の中には『口腔内フローラ』という口腔内常在菌の細菌叢があります。理想的な状態は、善玉菌2:日和見菌7:悪玉菌1。悪玉菌である歯周病菌をゼロにすることはできなくても、歯磨きで増殖を抑えて、口腔内フローラのバランスが整えば、歯周病菌は悪さができなくなります」 正しいブラッシングで口腔内の環境が改善されれば、歯周病の予防や改善、さらに感染症リスクを下げることが可能になります。 「ちなみに、口腔ケアとは歯にかぎりません。お口の中は、歯の表面積が25%で、舌や喉などの粘膜が75%を占めます。つまり、歯だけ磨いただけでは、口の中はきれいになったとはいえません。舌磨きやうがいもしっかり行うことが大切です」
なかには、毎日きちんと歯磨きをしているのに、虫歯や歯周病になってしまうという人もいます。 「体内環境や体質などもありますが、私がよく患者さんにお伝えするのは『磨いている』と『磨けている』は違うということです。実は、正しく磨けているかどうかは自分ではわかりにくいのです。歯磨きは、長年の磨き方のクセや偏りが出てしまうことがあります。歯科医院でチェックしてもらうと、きちんと磨けていない場所がわかります。 当院では、適度な強さでしっかり隅々まで磨けるよう、患者さん全員に電動歯ブラシの使用を推奨しています。歯医者や歯科衛生士と相談しながら、ご自分の状態に合った歯ブラシやフロス、歯間ブラシなど口腔ケアツールを選ぶことが『磨けている』状態を実現する近道だと思います」 口腔ケアのタイミングは、基本的に「食後」でいいのでしょうか。 「口腔細菌がもっとも増える時間帯はいつだと思いますか? それは『寝ている間』なのです。寝ている間は、抗菌作用や自浄作用のある唾液がほとんど分泌されません。そのため、朝起きたときは、口腔細菌がもっとも増殖しているのです。 食後の歯磨きで、食べカスを落としてあげることは基本中の基本ですが、さらに口腔ケアを徹底させるなら朝起きたらすぐ歯磨きすることをおすすめします。歯磨きで舌や口が刺激されると、唾液が分泌されて口腔内の健康維持と消化吸収の向上にもつながります。お口の中もすっきりするので、朝ごはんも美味しくいただけると思います」 清水院長のモットーは口腔ケアを通じて、歯と全身の健康につながる歯科治療を実現することだといいます。 「予防歯科先進国である北欧の歯科医療を取り入れていますが、セルフケア面で特徴的なのは、電動歯ブラシの普及率が高いことです。効率や利便性を考えた適切な口腔ケアツール選びが浸透していますね。 日本でも8020運動(80歳で20本の歯を残す啓発運動)のおかげで、近年は歯科疾患の割合が減少傾向にあります。さらに高めていくには、広く患者さんや市民に向けた口腔ケアの啓発が大切だと感じています」 毎日の口腔ケアは、大切な歯を守って一生自分の歯で食べられるようにするだけでなく、感染症予防など全身の健康を守る有効な手段。毎日しっかり継続するために、毎日の歯磨きが楽しくなる自分に合ったツール選びから始めたいですね。(取材・文/麻生泰子) 清水智幸(しみず・ともゆき) 1988年、日本歯科大学卒業、日本歯科大学歯周病学教室入局。1991年、奥羽大学歯周病科入局。1994年、スウェーデン王立イエテボリ大学臨床歯学懇話会理事。1997年、日本歯科大学歯科理工学講座入局(特別研究生)。2000年、清水歯科クリニック開設。2009年、昭和大学歯学部顎口腔疾患制御外科学教室入局。2009年、東京マキシロフェイシャルクリニック院長に就任。同クリニックは2015年に東京国際クリニック/歯科と名称変更し、現在にいたる。歯学博士、臨床研究指導医。
*1:阿部修、石原和幸、奥田克爾、米山武義「健康な心と体は口腔から――高齢者呼吸器感染予防の口腔ケア」日歯医学会誌:25,27-33,2006 *2:厚生労働省「歯科疾患実態調査」平成28年
お口全体の健康を考えてきたフィリップスから、皆さまに日頃のオーラルケアの参考になる情報をお届けします。自信あふれる毎日が送れるよう、一人ひとりのお口の健康意識を高めることを目指しています。