2020年初頭から始まったコロナ禍は、私たちの日常や睡眠にどう影響を与えているのでしょうか。 「社会のありようは、個人の思考や生活に大きな影響を及ぼします。コロナ禍による変化の一つが仕事環境。これまで働き方改革でもあまり浸透しなかったリモートワークや時短勤務が一気に広がりました。場所や時間に縛られず働けるようになった良い面もあるのですが、一方で、睡眠の悩みは増えているのが現状です。 たとえば、在宅ワークになったおかげで絶え間なく仕事に追われ、プライベートと仕事の境目があいまいになってしまったという人も少なくありません。仕事から解放されてくつろげる時間が大幅に減り、そのストレスや生活ペースの乱れから睡眠に影響が出ている人が増えているのです」 白濱先生によると、コロナ禍による社会変化に不安も重なり、10〜20代の若者、第一線で働いてきたビジネスマンなど、これまで問題を抱えていなかった層にも睡眠の悩みが広がっているといいます。また「アメリカの研究では、睡眠時間が5時間未満の人は7時間以上睡眠をとった人に比べて2.94倍も風邪ウイルスに感染しやすいという報告もあります**1」と、感染対策においても睡眠が重要であることを説いています。現代人に多い3つの睡眠の悩みにフォーカスし、それぞれの改善策をうかがっていきましょう。
「朝なかなか起きられない」という悩みはよく聞かれます。朝が苦手な人がすっきり目覚められる秘策はあるのでしょうか。 「朝起きられないという方に、起床1時間前から光を当てる治療をしたことで自然と目覚めるようなったという症例があります。人間の網膜は、目を閉じていても光を感じとります。“光”は、自然な目覚めをうながす特効薬なのです」 光を浴びる――それだけで、朝が苦手な人もスムーズに起きられるようになることがあるのですね。 「夜になると眠くなって、朝に目が覚めるのは、私たちの体に備わった体内時計のおかげです。体内時計をコントロールしているのは、“メラトニン”という眠りを誘うホルモン。夜暗くなるとメラトニンが分泌されて眠くなり、朝に光を浴びるとメラトニンが減って目が覚めるメカニズムです。 つまり、適切な時間に光を浴びることで、メラトニン分泌がコントロールされて、理想的な早寝早起き習慣ができるのです。朝すっきりと気持ちよく目覚めたいなら、目覚まし時計の音よりも、“目覚ましの光”がおすすめですね。光で目覚めて、音は補助的に使う。このほうが無理なく、自然な目覚めがもたらされます」 光といっても、PCやスマホのブルーライトは、睡眠に悪影響を及ぼすといわれますね。 「光の波長によって体への作用は変わると考えられています。パソコンやスマホ、TV、蛍光灯などから発せられるブルーライトは、目覚めをうながす波長。夜は暖色系のやわらかな光で過ごし、睡眠中はできるだけ寝室を暗くするのがぐっすり眠る秘訣です。逆に眠気を吹き飛ばしたいときにスマホを見るのはアリだと思います」 シーンに合わせて「光」を切り替えることが、寝起きを改善して、日中をアクティブに過ごす秘訣ですね。
日本人の睡眠時間は、OEDC加盟国中でワースト1位*2。「睡眠時間が短い」「眠りが浅い」というのは最も多い悩みかもしれません。 「良い睡眠は〈時間〉と〈質〉の双方が必要です。たとえば、長時間寝ても、質が低ければ『寝足りない』と感じますし、短時間でも質が高ければ『よく寝た!』と目覚められることもあります」 〈時間〉は測ることができますが、〈質〉はどう把握すればいいのでしょうか? 「睡眠の質は“深さ”が大きく関わっています。睡眠中は、 “レム睡眠”と、 “ノンレム睡眠”を繰り返しています。ノンレム睡眠には、深さによって3段階に分けられますが、もっとも深い“深睡眠”が3回以上あって、それぞれ長めの時間であることが、質の高さの一つのバロメーターになります。 深睡眠の最中は、体では疲労回復や細胞修復をうながす成長ホルモンが分泌され、新陳代謝が活発に行われています。また、脳内の情報伝達系で不要な物がリセットされます。だから、深睡眠が十分とれていると、疲れが解消されてスッキリと気持ちよく目覚めることができるのです」 睡眠時間をのばすのは難しくても、深睡眠を増やせば、睡眠の効果を最大化できるのですね。深睡眠を増やすには、どうしたらいいでしょうか。 「まず、睡眠時間の1時間前には、リラックスできる環境に入ることです。飛行機の離着陸と同じで、良い睡眠には“助走”が大切なのです。スマホやタブレットをオフにして、室内の明るさや温度を快適に保ち、心地いい音や香り、色などで感覚がおだやかになる環境を整えると、副交感神経が優位になって心身ともにリラックスします。さらに、入浴等により、深部体温をしっかりと調整することも大切です。そうすると深睡眠に入りやすくなります」
いびきは“ぐっすり眠っている状態”と思われがちですが、そもそも、なぜ生じるのでしょうか。 「睡眠中は、のどの筋肉や舌がゆるみ、気道が狭くなります。いびきは狭くなった気道を空気が無理やり通るときに起こる振動音。睡眠中に首を締められているようなもので、無呼吸や低呼吸に伴うことが多く、体は酸欠状態です。間欠的に酸欠状態を繰り返すことで、交感神経が高ぶり、免疫力が低下し、全身に炎症反応が起こります。いびきは慢性化すると、高血圧や動脈硬化、糖尿病、狭心症や心筋梗塞、脳卒中などにつながりかねない怖い症状なのです」 「いびきがドミノ倒しの最初のコマとなって、さまざまな病気のリスクが広がる」と指摘する白濱先生。しかも、その影響は本人だけにとどまりません。 「いびきの騒音で眠れない状態が続くことで、寝室をともにするベッドパートナーの睡眠の質、さらには生活の質までも著しく低下します*3,4。それによってパートナーが健康を損なうリスクも高まります。いびきはできるだけ早く対処法を講じなければならないのです」 いびきは、百害あって一利なし。いびきを止める具体的な方法はあるのでしょうか。 「すべての方に合うわけではありませんが、今すぐいびきを止めるには『横向き』になる対策が有効とされます。仰向けに寝ると、のどの奥にある軟口蓋や口蓋垂(のどちんこ)、舌根などが重力で下がり、気道が狭くなりがちです。横になることで、その重みが分散されて空気の通り道ができます。体位依存性のいびき、無呼吸に対して、横向き寝(側臥位)をポジションセラピーとして指導して改善した症例は多くあります」 自分では気づいていないことが多い「いびき」。いびきにかぎらず睡眠の問題は無自覚のうちに進行し、体調を崩してからようやく自覚することも少なくありません。日頃から睡眠習慣をチェックしたり、環境を整えたりする工夫が必要かもしれません。 「働き方も自分でプロデュースできる時代になってきたように、これからは一人ひとりが、仕事や健康、ライフスタイルをセルフマネジメントする時代です。睡眠が充実すれば、どんな時代もしなやかに生き抜く力が高まります。睡眠は心身を健康に保つ重要な時間と考えて、人生の中での優先順位を高めていただけたらと思います」(取材・文/麻生泰子) 医学博士・日本睡眠学会専門医 白濱龍太郎 しらはま りゅうたろう 海外の研究事情にも詳しく、1万人を治療してきた睡眠の名医。経済産業省海外支援プログラムに参加し、海外の医師たちへの睡眠時無呼吸症候群の教育を行うとともに、順天堂大学医学部非常勤講師・慶應義塾大学特任講師として睡眠予防医学の観点から臨床研究発表、講演も行っている。 出典 *1 Sheldon C et al. ‘Sleep habits and susceptibility to the common cold’ Arch Intern Med.; 169(1): 62–67, 2009. *2 OECD Time use across the world Portal, 2018. *3 Breugelmans JG, et al. Am J Respir Crit Care Med 170:547-552, 2004. *4 Blumen M et al. Sleep Breath 16:903-907, 2012.
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