――人類が希求し、医療が追求してきた究極は「ずっと健康で生きることができる世界」です。その理想に向かって、私たちはどこまで進化できるのか。SFプロトタイピングのプロジェクトを多く手がけるSFを作家の樋口恭介氏を招き、フィリップス・ジャパン社長と、未来を創り出す思考について語り合いました。 フィリップスが紡ぐ未来医療を語り合ったSF思考対談 SFプロトタイピングでは「こうなったらいいな」という未来のストーリーをSF小説に仕立てに描きます。すると、そこに到達するために必要な技術や課題が“見える化”されて、実現に向けたステップがあぶり出されてくるのです。 フィリップスのパーパス「2030年までに25億人を健やかにする」を実現するには、ワクワクするようなぶっとんだ未来を描く重要性が前回の対談では語られました。対談終了後、樋口氏とフィリップス社員との間で、のぞむ未来を実現していくための一問一答がオンライン上で交わされました。 Q1.フィリップス社員:病気がなくなった世界が実現できた…と仮定して、我々のようなヘルステックカンパニーはどのようなかたちで発展、あるいは変化していくと思われますか? A1.樋口:病気がなくなった世界というのは、大きく二つの要件によって達成されると考えます。一つ目が「潜在的なものも含め、あらゆる病いを技術的に根絶するサービスが提供可能となっていること」、二つ目が「その医療サービスがすべての人類に平等に提供されていること」です。 一つ目はヘルステックの領域の問題かもしれませんが、二つ目は経済の領域の問題であり、もう少し踏み込んで言うと、「有限なリソースをいかに最適に分配するか」という問題です。リソースが有限であることを前提にすると、技術的に完璧な医療サービスが提供可能であったとしても、すべての人間にそのサービスを提供することはできないのです。ですから、「病気がなくなった世界」というのは、「無限のエネルギーリソースが発明された世界」であり、「人類文明において経済格差が根絶された世界」でもあるのです。 その世界ではもはや、医療に限らずあらゆる分野において、無限のリソースに基づく高度なサービスが(おそらくは人間の手によらず)無限に平等に提供されており、そのため経済的に発展するという考え自体が消滅しており、どのような形であれ、「ヘルステックカンパニーの発展」はなくなっているのではないかと思います。 ――フィリップスという企業の130年の歴史をひもとくと、オランダにある白熱電球の製造工場から、ラジオ、電気通信機器、音響機器などを手がける総合電機メーカーに成長し、やがて医療機器にも乗り出し、現在ヘルステックカンパニーへと変化を遂げています。つねに時代に先駆けるテクノロジーを開拓してきた企業であり、「2030年までに25億人を健やかする」パーパスの先には、さらなる進化の可能性をも秘めた企業といえます。
Q2.フィリップス社員:宇宙開発が進んでいく過程で、医療についてどのような視点・可能性があるか、SF作品にヒントはありますか? A2.樋口:SFは基本的に「人間とは別の視点を提供する思考実験」としての役割が強く、宇宙開発によって、地球にはない資源を発見する可能性が増えることや、地球では考えられない仕方で生きている生命体に出会う可能性が増えること、といった論点を提供してきました。 それによって医療の可能性も広がるということも言えるかもしれませんが、どちらかと言えば、新たな資源や新たな生命に出くわすことで、それらが新たな脅威となって、これまでの人類史になかった病いをもたらす、という展開を描いた作品のほうが多いかもしれません。 COVID-19以降、急激に重要性が説かれるようになった反脆弱性/レジリエンスという概念がありますが、SFは昔から、人間をちっぽけなものとしてとらえ、人間がリスクを根絶しようとすると失敗するので、リスクを不可避のものととらえ、リスクとうまく付き合っていこう、という反脆弱性/レジリエンスの考え方を示してきたのだとも言えます。そのように、未だ概念化されていない何か重要な直感を物語を通して得られるという意味では、SFを読むこと自体が、宇宙開発に限らず、未来の何かに対するヒントにはなるかもしれません。 Q3.フィリップス社員:もっとも心を打たれたSF小説、映画等のシーンを教えてください。 A3.樋口:小学生のときに、学校の図書館で手塚治虫の『火の鳥』を読みました。たくさんの未来が描かれるなかで、技術が発展しても人間は変わらず、美しいところと汚いところがあり、結局はどのように生きたいかがすべてなのであり、それでも最終的にはなるようにしかならず、宇宙の法則の中では人間の存在なんてちっぽけなのだから、まあ究極的にはどうでもよいのだ、というようなことを感じました。その感覚は今もずっとありますね。 シーンということで言えば、火の鳥=コスモゾーンという全宇宙の意志の中に、時空を超えたすべての命が包摂されていて、塵のような命の一つひとつと火の鳥が相互に交信しあうことで宇宙は成立しているのだ、みたいな描写が衝撃的でした。その宇宙観も、今もずっと僕の中に残っているものですね。 ――『火の鳥』は、手塚治虫が1954年から34年かけて描いた壮大なSF物語です。そこでは人間の普遍的なテーマである「生と死」が時空を超えて描かれ、環境、クローン技術、人工頭脳、ロボットという現代に通ずる問題にも言及されています。SF作品は「ここではないどこかへ」私たちを運んでくれる魔力があります。しかし、そこで問われるテーマはつねに同じものなのかもしれません。
フィリップス社員へ実施したアンケートへの回答
Q4.フィリップス社員 (SFプロトタイピングの実践で)新しいことを思い描き、始めても、予想外な出来事やうまくいかない時もでてくると思います。そんなときの気持ちの立て直し方を教えてください。 A4.樋口 予想外なできごとに遭遇したということ自体を儲けものだととらえます。そして、プロトタイピングなので、そこで切り上げて別のアプローチやストーリーを考え直します。 Q5.フィリップス社員 技術力はあるのに、日本はなかなかそれが市場に届かない、ニーズ解決するものに形成されないという印象を持っています。樋口さんは、日本や日本人はどのように変わっていけば、より良い社会が構築されると思いますか? A5.樋口 思いつきを言うことを恐れないこと、自分の誇大妄想に自信を持つこと、自分の考えが本気で世界を救うのだと信じ切ることだと思います。それは危険なアプローチでもありますが、多少危険な人間になるくらいのほうが、日本のように制度やルールによって自縄自縛気味になっている社会・文化にとってはちょうどよいのではないかと思います。 Q6.フィリップス社員 SF作品で、未知の存在と遭遇する際、コミュニケーションをとろうと努力するか、有無を言わず攻撃するか、分かれる印象があります。さまざまな文化に向き合うグローバル企業の姿勢として、SFにヒントはありますか? A6.樋口 問いの中にもう答えが出ている気がします。アプローチは重要ではなく、パーパスが重要で、パーパスと照らし合わせてどのアプローチを選ぶか、つまり、どうしたいかだと思います。 ――フィリップスが宣言する「2030年までに25億人をより健やかにする」パーパス。これほど明確で希望に満ちたパーパスはなく、今を生きる私たちが“世界を変えるのだ”と信じ切ることから始まります。実現可能な範囲で定めるのではなく、壮大なパーパスから現実を変えていく挑戦が始まっています。樋口氏の回答には、私たちを自由に解き放つヒントがふんだんに盛り込まれていました。(構成/麻生泰子)
フィリップスが考える、健康な生活、予防、診断、治療、ホームケアの「一連のヘルスケアプロセス(Health Continuum)」において、皆様の日常生活に参考になる身近な情報をお届けします。一人ひとりの健康の意識を高め、より豊かなヘルスケアプロセスの実現を目指します。