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男らしさ、女らしさ、自分らしさ――「らしさ」から見えてくることは? ちょっと立ち止まって、「自分らしい」生き方について考えてみましょう。

be yourself be present

「男らしく」「女らしく」の価値観に隠されたもの

 

「男らしくあれ」「女らしくしなさい」という言葉は、誰しも言われた経験があるのではないでしょうか。もし、誰かに「自分らしくあればいい」「自分らしさを大切に」と言われたら、肩から荷が降りて自分が肯定されたような気持ちになる人も多いのかもしれせん。

 

「らしさ」とは一体何なのでしょうか。「自分らしさ」は本当に私たちを解放してくれるのでしょうか? 人の生死や生き方を考える医療人類学者の磯野真穂さんに「らしさ」の正体を伺いました。

 

「どの社会においても人にはそれぞれの “役割”がおのずと与えられていて、『らしさ』的な表現は、その人の役割を充填する、あるいは自覚させるために、日本にかぎらず多くの社会で使われてきた言葉です。

 

たとえば、『男らしさ』『女らしさ』という言葉。戦後の日本は、まさにこうした言葉で、男女の役割を明確に分けることで高度経済成長を果たしてきました。男性は長時間労働もいとわず、仕事に明け暮れることが男らしい生き方だと称えられました。一方、女性は男性を支え、家事をして子どもを生み育てることが女らしい生き方と教えられました。この時代において『男らしい』『女らしい』は経済発展を支えた価値観で、ポジティブな意味で使われていた言葉だったと思います」

医療人類学者・磯野真穂さん

増殖しつづける「自分らしさ」という言葉の罠

 

現代では、人々の価値観や生き方も多様化して、「男らしくあれ」「女らしくしなさい」などという言葉は、以前ほど言われにくくなったかもしれません。

 

「その代わり、平成に入ってから顕著になったのが『自分らしさ』という言葉の台頭です。バブル経済が崩壊してこれまでの社会構造では経済が立ち行かなくなった日本では、従来の性別や世代など役割に沿った生き方が否定されて、その代わりに個人、個性に強烈にスポットが当てられたのです。

 

J-POPの中でも、『自分らしさ』『世界に一つ』『オンリーワン』という歌詞がたびたび登場するようになりました。朝日新聞と読売新聞のデータベースでは『自分らしさ』『自分らしい』『自分らしく』が見出しや本文に登場する記事が80年代はわずか53件だったのに対し、90年代には2374件に急増。2000年代には7175件にまで増え、この傾向は現在も変わりません。

 

それらの記事を読んで驚いたのは、思春期や老い、病気・障害、ジェンダー、スポーツ、ファッションなどあらゆる人生の局面に『自分らしさ』が登場し、悩みを解決するファイナルアンサーのように語られていることでした。『自分らしさ』という言葉の汎用性に驚いた…というか、いやいやむしろ何も解決していないのでは?という疑問を抱くに至ったのです」

 

メディアや広告、SNSで増殖をつづけ、ついには行政府の白書の中にまで登場するようになった「自分らしさ」という言葉。今も増える一方なのは、受け止める側にとっても、いい気分にさせてくれる、あるいは答えを見つけた気分にさせてくれる言葉だからかもしれません。

 

「でも、仕事が辛いという悩みに『自分らしさを大切にすべき』というアドバイスは、『嫌だったら辞めればいい』という回答と同じぐらい、その先について何も示されていないのです。どうやってその人は食べていけばいいのか、どんな仕事だったらいいのか、自分や周囲を変える方法があるのか――現実に向き合っていく“世界の作り方”の答えが語られず、一見キレイで、耳心地のいい言葉で包んでしまう。『自分らしさ』という言葉にはそんな危うさがあると思います」

 

「自分らしさ」という言葉が増殖しつづけた30年は、「自分らしさ」という居心地のいい言葉に溺れて、堂々めぐりをしてきたといえるのかもしれません。今こそ、私たちは「自分らしさ」という言葉にすがらず、新しい“世界の作り方”についてもっと考えるべきなのかもしれません。

磯野真穂『他者と生きる』

磯野 真穂『他者と生きるーリスク・病い・死をめぐる人類学』

生きやすい環境を作ることが「自分らしさ」につながる

 

「自分らしさ」で解決したふりをせず、新しい世界を作っていく――それはどうやっていけばいいのでしょうか。

 

「今、あなたが『自分らしさ』という言葉に救いや答えを感じるとしたら、『私はこんな世界では生きていたくない。もっと違う世界の中で生きたい』という願望があるのかもしれないと考えてみてもいいかもしれません。それが自分の世界を作っていくヒントになると思います。

 

ちなみに、私は猫と一緒に暮らしているのですが、猫っていつものんびり自分優先で、気ままに暮らしていますよね。でも、自由で気ままな猫だって、ずっと“ありのまま”で生きてきたわけではありません。野良猫は家猫のように鳴かないそうです。例えばうちの猫は、一緒に暮らすにつれて色々な鳴き声を使うようになりました。数年前より彼女は、ずっと『話して』います。それは人間とコミュニケーションをとるためなんです。お腹が空いたらニャ~ンと鳴いて、家族が帰ってきたらンンンと鳴いてすり寄る。鳴き方とそこから引き出される人間の反応を学習して、人間に上手に働きかけるんです。

 

猫なりに学んで、自分が快適に暮らすための環境を作っていく。そうやって、異種である人間と関係性を築いているのです。猫は『自分らしく生きたい』『もっと幸せになりたい』なんて考えたりしないと思いますが、自分のいる場所を快適に暮らしやすい環境に作りあげていく方法をちゃんと知っています。

 

『自分らしさ』の罠はそれが結局、『人と自分が違うところ』『人より自分が優れているところ』を探すという、他人との競争に収斂されやすい点です。本気で自分らしさを見い出すなら、自己分析をするよりも、自分のまわりの世界と具体的に関わっていくことのほうが有効です。“自分と世界の間に生成される何か”にこそ、自分らしさは見つかるのではないでしょうか」

 

自分はこの世界で何ができるか、この環境とどう調和して生きるか――それを考えて、積極的に世界と関わっていくことで、自然と「自分らしさ」の輪郭は浮き上がってくるものなのですね。

 

「四国の高校で講演をしたとき、生徒たちに『自分らしさ』も『個性』も探さなくていいと話したんです。そうしたら、『すごく安心した』という生徒の反応が返ってきました。生徒たちに伝えたのは、好きなことはなくてもいいけど、『面白い』『変だな』と感じる瞬間は大切にしてほしいということ。そして、どんな人といると自分が楽しいか、心が穏やかになれるか。それをよく見極めて、そういう人たちと暮らしていける生き方を探してみてくださいと話しました。

 

最近は、私も含め多くの人がSNSをしていますが、いいねやフォロワーの数がその人の価値を決めるものでもないし、自分を愛してくれる人の数でもないことは見誤ってはいけないところです。SNSで多くの人に影響を与えたり、いいねをもらうのはその一瞬は気持ちいいかもしれませんが、それよりも自分のごく身近な数人の人たちと関係を築いていくことのほうがずっと大事なのではないかと思います」

 

「自分らしさ」とは、まるで『青い鳥』を求めてさまよう幼いきょうだいの物語のようです。きょうだいは、幸せをもたらす青い鳥を求めていろんな国を旅しますが、幸せの青い鳥はずっと前から自分の家にいた鳥だった、というメーテルリンクの童話劇です。

「人は病気になるし、人は死ぬ」――そこから予防医学が始まる

 

医療人類学者でもある磯野さんは、「予防医学」という現代の医療の中にも、「自分らしさ」の氾濫のような危うさが潜んでいることを指摘します。

 

「今の予防医学は、まだ発生していないリスクを割り出し、身体の不完全性を指摘しつづけるのが役割のようになっています。でも、人間の身体というのは本来、不完全なものです。健常といわれる人でも、どこかに不完全な部分を見つけることは簡単ですし、なにより私たちの身体は老化を免がれることはできません。

 

コロナ禍においても、万が一を恐れての予防医学が幅を効かせていますが、予防があまり優先されすぎて、ありふれた『暮らし』の営みが損なわれてはいないでしょうか。とかく現代医学は、生命を“数字”に換算して、その数値で良し悪しを決めがちです。100年生きた人の人生が本当に充実していて、平均寿命より前に亡くなった人の人生が短すぎたのかどうかは、外からは知ることはできません。予防医学の考えが走り出すと、予防医学に提示された未来を避けることばかりに躍起になり、その未来を避けるために『今』を使うことになってしまいます。

 

『自分らしさ』にしても、予防医学が指し示す未来にしても、私たちは不安を消すために『確定した何か』を求めがちです。でもそうやって『確定した何か』にすがろうとすることが、世界と出会うことで初めて現れる生の面白さを消してしまうことは多々あります。世界との関わりの中で生成される、自己のあり方を掴むこと。『自分らしさ』があるとすれば、その生成の瞬間であろうと私は思います」(取材・文/麻生泰子)

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