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ウェルビーイングな社会を実現するために、テクノロジーは何ができるのでしょうか?豊橋技術科学大学「ICD-LAB」が創り出す“弱いロボット”から、人と人の関係、人とテクノロジーの可能性を探ります。

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人の心を動かし、行動を変える“弱いロボット”

 

床に落ちた空き缶を見つけて駆け寄っていく〈ゴミ箱ロボット〉。近くに人の姿をとらえると、すり寄るように近づいていく。その人はロボットのしぐさから缶拾いを懇願されているように感じ、空き缶を拾って〈ゴミ箱ロボット〉に放り込む。するとロボットはお礼を言うように身をかがめ、ヨタヨタと去っていく――。

 

豊橋技術科学大学「ICD-LAB」が創り出すロボットの最大の特徴は「一人では何もできないロボット」です。人類が追い求めてきた理想のロボットとは、作業を完璧にこなして人間にラクにさせてくれる頼もしい存在だったはず……。ところが、ICD-LABのロボットたちは違います。一人ではゴミ拾いのできない〈ゴミ箱ロボット〉を筆頭に、ときどきストーリーを忘れてしまう昔ばなしロボット〈トーキング・ボーンズ〉、一緒に手をつないで歩くだけの〈マコのて〉などの“弱いロボット”ばかりなのです。

 

頼りないロボットなのに、その様子を眺めていると、私たちの心がロボットに共感していることに気づきます。「もしかして困ってる?」「助けてやろうかな…」「よし、手伝ってあげよう」――いつのまにか “ロボットの気持ち”に寄り添って、自発的な行動や感情を引き出されていたのです。

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ロボットと人間の“違い”はどこにある?

 

ICD-LABを率いる岡田美智男教授は、なぜこんな“弱いロボット”たちを生み出したのでしょうか?

「ロボット的な存在は私たちの生活にすでに入り込んでいます。私がロボット開発を始めた2000年頃は、話す自動販売機が登場していました。最近では、家電やスマホの音声機能、店頭にマスコット的に置かれているヒト型ロボットなど、より身近な存在になってきました。でも、ロボットに話しかけられても、少し戸惑ってしまいませんか。どこか空気感がズレていて、コミュニケーションが成り立っている気がしない。人間同士だったら目を合わせただけで、一言交わしただけで、なんとなく相手の考えや性格が理解できたりするのに、ロボットはなぜそれが成立しないのか。ロボットを通じて、私たちのコミュニケーションのありかを探ってみたいと思ったのがきっかけです」

 

たしかにヒト型ロボットとの会話はどこかぎこちないし、スマホの音声アシスタントの無機質な声からは“ロボットのキモチ”など想像つきません。人とロボットの間には超えられない壁がある。でも、“弱いロボット”は、いつのまにかその壁を超えて、私たちの共感や同情を引き出します。それができるのはなぜなのでしょうか?

 

「私たち人間の身体も、じつは不完結な存在なのです。私も生まれてからずっとこの身体で生きてきましたが、鏡や写真、動画などを介さず、自分のこの目で自分の顔や全身を見たことはありません。話をするときも、相手の表情やうなずきを見ることで、『伝わっている』『疑っているようだ』などと自分の言葉や存在を確かめることができます。自分がどんな存在で、どんな人物であるか――たったそれだけのことを知るのに、私たちは自分だけでは完結できない。つねに、まわりの人の反応を手がかりにして、自分という存在を組み立てているのです。

 

でも、ヒト型ロボットだったら、この世にたった一人でも、戸惑うことなく1日中同じ作業をしたり、同じ話をしたりすることができるでしょう。彼らは“自己完結”しているんです。でも、“弱いロボット”たちは、人の手助けがなければ、なにもできない不完結な存在です。“弱いロボット”の不完結さや弱さに、私たち人間の不完結さや弱さが共鳴し、ロボットを理解しよう、解釈しようという同調が生まれているのです」

 

現代のロボット開発では、人間そっくりの表情や身体の動きをつくる「同型性」を追求する流れもありますが、私たちが「人間らしい」と共感を覚えるのは、不完結な部分だったり、弱さだったり、そこから生まれる関係性であったり、もっと感情的な部分にあるのかもしれないのですね。

 

「もちろん、ICD-LABで“弱いロボット”をつくるのは、精緻な部品やシステムを組み込む予算がない、高度技術がないという内部事情もあります(笑)。でも、技術は完全に揃わなくても、目的を達成するロボットはつくれるんですよ。〈ゴミ箱ロボット〉は、アームを付けられない代わりに、人の手を借りる仕組みをつくったんですから。人間の手を借れば、ゴミの問題は解決できる。ロボットのコストも下がる。しかも、『ゴミ拾いが楽しくなる』『良いことをした気分になれる』『自分で掃除したくなる』などの新しい価値も生まれるのです」

豊橋技術科学大学・岡田美智男教授

便利が実現した世界で、人間は幸せを感じるか?

 

ロボットや人工知能の開発は、私たち人間の生活を快適にして、より豊かな暮らしを実現することを目的に進められています。日本政府は国民のウェルビーイング(well being=身体的、精神的、そして社会的にも満ち足りた状態)を実現するために、2050年までに1人ひとりにロボットが寄り添う社会にするムーンショット目標も打ち出しています。ロボットが暮らしに入ってくることで、私たちは幸せに近づくことができるのでしょうか。岡田先生が考える未来のウェルビーイングとはどういう状況でしょうか。

 

「私が考えるウェルビーイングは“自らの能力が十分に生かされ、生き生きと幸せな状態にある”ということです。私には2歳になる孫娘がいるのですが、最近立って歩くことができるようになったんですよ。彼女を眺めていると、地面に足を踏ん張って足を一歩踏み出すことができただけで、とても満ち足りていて、とっても幸せそうなんです。人が幸せを感じる瞬間は、自分の能力が発揮されることで感じられる有能感や自律性、外部との良好な関係性が成り立ったときになのではないでしょうか。

 

たとえば今、クルマの自動運転技術が進んでいますが、完全に自動化されたときに、はたして私たちはクルマに乗る喜びや感動を持ち続けることができるでしょうか。むしろ、クルマを自在に操る有能感や自律性を味わうことができなくなり、クルマとのつながりや一体感は薄れていく一方なのではないかと思います。

 

私だったら『ちょっと、こんな霧では自信がないなあ…』とか弱音を吐いてくれるクルマに乗りたいなあって思いますね。そうしたら、ちょっと手伝ってあげようとか、気をつけてあげようとか、新たな乗る喜びや一体感が生まれてくるかもしれません」

 

なんでも完璧にやってくれるロボットやAIがあれば、夢のような快適な生活が実現すると思いがちですが、便利になればなるほど、私たちは自分の力を発揮できる場を失い、「幸せ」から遠ざかっていく可能性もあるということですね。

 

「子どもたちに〈ゴミ箱ロボット〉を披露すると、ロボットを手伝ってあげようと目を輝かせてゴミを拾い出すんです。“弱いロボット”は、子どもたちの“強み”や“優しさ”を引き出してくれているんですね。もし、どんどんゴミを拾ってくれる〈ゴミ箱ロボット〉だったとしたら、子どもたちはやってもらう立場のままです。

 

こういう光景をみるたびに、僕は“弱いロボット”も捨てたものじゃないなって思います。“やってあげる・やってもらう”関係に固定されず、一緒にやったり、ときには自分がやってあげる立場になることで、人はI(わたし)の世界から、We(わたしたち)の世界に進化できるのですから」

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We(わたしたち)の発想で、未来を変えていく

 

SDGsやサステナブル社会の実現といった社会課題においても、利己的なIから、利他的であろうと努めるWe(わたしたち)の発想が大切です。一方で、現代はインターネットや自動化の技術で、社会や他者とのつながりが薄くても「一人で生きられる」という感覚が最も高まっている時代でもあるかもしれません。

 

「現代社会で生きていると、なんでも一人でできて、自己完結できる“強さ”が求められることが多い。そういう視点だけで生活していると、まわりの人にも強さや完璧さを求め、どんどん他人に不寛容な世の中になってしまうかもしれません。

 

でも、私たち人間は、弱くて、不完全で、自己完結できない存在であると自覚することが、この世界をよりよく生きるための出発点だと思うのです。自分の弱さをさらけ出し、まわりの人に適度に自分を委ねながら、助け、助けられ生きていくのが、人間の自然なかたちなのです。“弱いロボット”がそのことに気づかせる存在であればいいなと思いますね」

 

ウェルビーイングな社会をつくるために、まず必要なのは「私たち人間は弱くて、不完結な存在である」という自覚かもしれません。その前提に立てば、まわりの人とどう関わるか、人を支えたり、人に支えられることへのとらえ方も変わってきます。フィリップスでは「2025年までに30億人の人々の生活を向上する」というパーパスを掲げていますが、その根底にあるのはまさに「We」の発想です。自分や他人の弱さ、不完全さを否定するのではなく、それぞれの「今、できること」を引き出しあえる社会になれば、この世界はもっと生きやすくなるはず――“弱いロボット”は、そんな社会のめざすべき姿を私たちに教えてくれる存在なのです。(取材・文/麻生泰子)

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