画期的な製品の数々 -創業から受け継がれる企業風土

エジソンが発明した電球を身近なものに

この人々の切なる願いをかなえたのがオランダのフィリップス兄弟でした。
彼らが1891年にだれもが手にすることができる炭素フィラメント電球の製品化を成功させたことからフィリップスの歴史がはじまります。


それからわずか約100年有余、1万件を超える発明や11万5000件を超える特許を生み、その発展はとどまるところを知りません。


フィリップスが世界有数のエレクトロニクス企業へ発展を遂げることができた理由は、人々の暮らしを、より豊かに、便利に、そして楽しくするためにという、創業以来変わらぬ精神で今日も挑戦を続けているからです。

オランダの田舎町で産声を上げたフィリップス

創業時の工場

 総合エレクトロニクスメーカーとして世界最大級の規模を誇るフィリップス。その歴史は、1890年、工学博士として電気工学を研究していたジェラード・フィリップスが、父フレデリック・フィリップスの支援を受けて、オランダの北ブラバンド州のアイントホーフェンに小さな電球工場を設立したことからはじまりました。

 

1879にエジソンが世界に先駆けて白熱電球の実用化に成功してから11年後に、設立に先立ち、ヘラルドは高品質なカーボンフィラメントの電球を大量生産する方法を開発していました。


しかし、その船出は順風満帆ではなく、ヘラルドは製品の品質には絶対の自信を持っていたものの、その販売経路を確立できずにいたことが原因でした。1894年には経営状態の悪化により、事業の売却すら検討される状況でした。


その窮地を救ったのがもう一人の創業者、ヘラルドの16歳年下の弟であるアントン・フィリップスでした。

 

 

兄の技術力と弟の販売力で電球の市場を席巻

ヘラルド・フィリップス

社交的で誰からも愛される性格のアントンは、セールススタッフとして極めて優秀でした。

鞄に電球を詰め込んでオランダ中を飛び回り、次々に受注を獲得しはじめ、さらに自国だけではマーケットが小さいと判断するや、ドイツやロシアにも販路を拡大させました。

 

アントンの活躍によって、1895年には約11万個だった電球の生産高は、1899年には180万個へと飛躍的に増加しました。さらにアントンは、フランスやスペイン、イタリアなど、ヨーロッパ中にマーケットを広げました。


その一方ではヘラルドも品質改良に向けた研究を怠らず、カーボンフィラメントと同一の電力で3倍の明るさを得られるタングステン・フィラメントの電球を開発するなど、技術革新を重ねていきました。


ヘラルドの技術力とアントンの販売力との強力なコンビネーションによって、工場も急速な拡張を続け、1910年には従業員は2000人を超えてオランダ最大の雇用主となったのです。こうしてフィリップスは、ヨーロッパの電球市場において、先行する大企業を脅かす存在となったのでした。

ラジオ受信機の開発成功で総合メーカーへと転換

1922年にヘラルドが引退すると、アントンが経営を引き継ぎました。アントンはヨーロッパ中に電球を輸出する基盤を確立すると、次なる戦略を打ち出しました。

新時代の通信手段として目をつけていたラジオ分野の事業化を推し進めたのです。


アントンは家庭へのラジオの普及を念頭に置き、受信機の開発に着手するとともに、実験を繰り返して短波放送の質を飛躍的に向上させました。そしてアントンの指導力とフィリップスラボの技術力が結実し、1920年代後半には真空管を用いた小型で安価なラジオ受信機の開発に成功。すぐさま大量の注文が寄せられ、フィリップスは1930年代半ばにはラジオ用真空管の世界最大メーカーとなりました。


この成功をきっかけに、フィリップスは電球メーカーの枠を飛び出して、総合エレクトロニクスメーカーとしての一歩を踏み出したのです。

 

 

フィリップスを急成長させたアントンの“人間力”

アントン・フィリップス

アントンは優れたセールススタッフであるとともに、経営者としても類まれな手腕を発揮、とりわけ、人心掌握術の巧みさは誰もが認めるところだったと言われています。

 

アントンは社員の職務怠慢は厳しく叱責したが、普段は、誰に対しても分け隔てのない気さくな態度で接した。そして部下の声には真剣に耳を傾けたため、誰もが自由に発言できる風通しの良い風土が根付きました。


仕事だけでなく私生活も大切にしたアントンは、社員にも「技術者は人間らしい暮らしを営んでなければならない」と話し、仕事以外のアドバイスにも積極的だった。そんなアントンの方針からフィリップスではいち早く年金制度や
保養施設を充実させて、他の大企業の模範となりました。


いかにアントンが社員から慕われていたかを示すのが1948年の結婚50周年記念パーティーでのエピソードです。社員は自由参加であったにもかかわらず、なんと2万人の社員のうち1万8000人が参加してアントン夫妻を祝福したと言われています。


そのように社員を家族のように大切にする精神性は、フィリップスの創成期から今日に至るまで引き継がれています。

 

 

創業の精神を受け継いで挑戦を続ける

フィリップス従業員

ヘラルド、そしてアントンの開拓精神を受け継いだフィリップスは、いまや、世界中のあらゆる地域でビジネスを展開し、その製品群も非常に多岐にわたっています。

創業から一貫して開発を続ける照明器具では世界トップのシェアを誇り、MRやCT、AEDといった医療システム
の分野においても技術的に世界をリードしている。そのほか、テレビやビデオ、オーディオ製品、パソコンのモニター、電気シェーバーをはじめとした電気製品など、私たちの身近なところにフィリップスの製品は存在し、しばしば人々の生活に革新的な変化をもたらしてきました。

 

グローバル化や、先進諸国において商品選別の多様化が進む現代では、デルやイケア、アップル、エリクソンをはじめ、世界中のマーケットをリードする企業と提携を結び、コンシューマーのニーズを満たす製品を世に送り出し続けています。


人々の暮らしを、より豊かに、便利に、そして楽しくするために。フィリップスは創業以来、変わらぬ精神で今日も挑戦を続けています。